2009年2月22日の日記の1番目の記事へのコメント
■野良ビルド10の利点
レポートに飽きてきたところで何となく思いついて書いてみたけど Twitter に投げるには字数が多すぎたので仕方なくここに.どう見てもネタなので真面目に反応しちゃだめよw.スルーできない自信がある人は読まない方がいいっす.
- 古来よりUNIX/Linuxユーザは安定した確固たる地盤の上に活動の場を求める.あるソフトを利用したくてパッケージで導入したら,それに依存する別のツールやライブラリまでアップデートされてしまい,自分の設定ファイルのobsoleteな行がエラーとなってツールが起動しなくなるようなリスクを回避できることは,先進的で生産的な活動を行う上で大きな助けとなるだろう.
- 見ず知らずの誰かを憎んだりすることは悲しいことだ.野良ビルドではすべてが自分の責任でのアップデートになるので,ひどいパッケージをリリースしたパッケージャに憎悪の念を抱くことがなくなる.ただし,その代わり,一般的でないビルド方法を採用したり,豪勢で高機能でC++で書かれたライブラリに無駄に依存するようなソースアーカイブをリリースする開発者をある日突然憎むようになるかもしれない.
- 野良ビルドなら,パッチを当てたりする度にパッケージを作り直す面倒くささから解放される.賢明なユーザであればパッチを当てる頻度とライブラリやツールをアップデートする頻度のどちらが大きいかをよく考えるだろうが.
- その気になれば常に最先端のツールやライブラリを組み合わせた中二的に最強のLinux環境を構築・維持することができる.それがFedoraよりも安定して動くかどうかはあなたの頑張り次第だ.
- 野良ビルドなら,どんなパッケージャよりも先にリリースされたばかりのソースからバイナリをビルドし,そのソフトの新たな不具合をいち早く見つけて報告することができる.これは素晴らしい.OSSの世界への貢献だ.ただし環境が環境なだけにバグレポートの際の説明が面倒くさい.
- apt-getやyum,yastといった,新しい職場では全く役に立たないかもしれないコマンドの扱いに精通する必要がなくなることは,より本質的なことを学ぶことに注力する上でとても重要だ.SRPMからパッチを取り出すためにrpmコマンドの使い方を覚えることがどちらに属するのかについては議論の余地がある.
- 若く情熱的なLinux/UNIXユーザ達による,OSやディストリビューション間の最強論争を他人事のように傍観できるようになる.彼らがまるでこれから建てる家の床下に入れる断熱材の色は何色がよいかを必死に議論しているかのように見えるだろう.実際はそれは断熱材ではなくリビングに置くクッションなのかもしれないが.
- 疑問を残すことはよくないことだ.野良ビルドの残骸を残しておけば,ツールの挙動が気になってからソースをあたるまでの所要時間を限りなくゼロに近づけることができる.あとあなたに必要なのはやる気だけだ.
- あなたの同僚は,必死にconfigureを通してmakeを仕掛けるあなたの姿と,ものすごい勢いでmakeのログが流れるコンソールを目にして,もしかしたらあなたが大変な仕事をしているものと思うかもしれない.でも忘れてはいけない,実際に殆どの時間頑張っているのはシェルスクリプトでありmakeであり,そしてGCCなのである.
- 野良ビルドを続けていれば,いずれはパッケージャを超える存在になることができるかもしれない.画期的なツールや便利なライブラリを生産するハッカーを頂点とするOSS界のヒエラルキーが存在するとしたら,あなたはその最下層からいつでも脱出できるようになるだろう.多分そんなものは存在しないだろうが.
特にオチとかないよ.ここまで読んじゃった人,ごめんね.
[コメントを書く]
2009年2月22日の日記の1番目の記事へのコメント
あと、2.はboostのことですねw
みまで言うでないw
あとC++ではないですが,何でもないところでglibの関数使ってたりすると
萎えますねー.そんくらいのリストなら手で書けとw
> 野良ビルダーなら5の「リリース」は「コミット」にすべきw
おおなるほど確かにw.ていうか5は「パッケージャよりも」じゃなくて
「エンドユーザよりも」ですな.